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君も僕も

後ろに続く言葉は、『皆馬鹿だよ』

カテゴリー「おはなし」の記事一覧

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地雷女の特徴

最近は、コテハンつけないでテキトーに、たまに2ちゃんねる見てる感じです。


ちょっとした実験的に立てたスレがコピペブログに纏められて異様なことになってて、少しどん引き。


日本語がオカシイのは元々なので置いといて、
その纏められてたスレ

地雷女の特徴


正直、ブログとかに書くと攻撃うけるだろうなーってのを、きちんと纏めずに適当にレスしまくっただけです。

まぁ、やっぱり、人間って面白いよね。
このスレの目的は、別の所にあって・・・個人的な感想は「面白い。」だね。
これに尽きる。

書籍化とか出来るならしてみたいね。
きちんと、事細かに書いて。
スレの目的とかも書いてさ。

本気で執筆してみようかしら。

一時期、マジメに書き物をしてたことあったけど、時間に追われるからなぁ。
少し考えてからやろう。

ブログでやれって言われればそうなんだけど、
まぁ、文書を書くのに特化してるツールって訳じゃないから、凄い面倒くさい。


でもなぁ、売り込んで本当に本にしてくれるところってあるかなぁ?
頑張っても、半分くらいは自己負担とかが妥当なラインな気がする。


最近、コテハンつけてない理由は、ある程度の目的が終わったからです。
まぁ、コテハンなんてあってもなくても変わらないけどねー。

暇つぶしに付けたりもしてるけど。


あぁ、一応、まとめにて、料理が云々とか、男女の違いをまとめたとかレスしてたけど、
粘着が沸いててウザかったから適当に返しただけ。

うん、本当好きだなぁあの感じの流れは。面白い。
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善と偽善


『 善 』という言葉がありますが、『 善 』という言葉単体で使うことは滅多にないですね。
使うとしたら。「良いことをした。」という感じで置き換えて使われます。
どちらかと言うと、『 善 』という言葉は『 偽善 』という言葉と同時に使われています。


そもそも『 善 』とは何か?
『 善 』とは、"よい行い"それらを指す。
『 善 』とは、"自己犠牲"自分の利益を顧みず。誰かの為に行動するということ。


じゃぁ、『 偽善 』とは何か?
まぁ、簡単に言えば、"詐欺"で良いんじゃないかな。
世間一般敵に『 偽善 』とは、"自己犠牲ではない。よい行い"

結局どっちも結果的には、よい行いをしています。
でも、なぜ偽善は嫌われるのでしょうか?

人間は、腹の奥底では、「誰かの為に何かをしたい」そう感じてるからこそ、『 偽善 』を嫌うのではないでしょうか?
要するに、『 偽善 』は、自分の利益の為に"よい行い"をするのです。

基本的に、『 偽善 』は、自己嫌悪するときに使われる言葉です。
例えば、「自分のしていることは『 偽善 』だ。」
でも、日本人的な考えをすれば、矛盾が生じます。


「情けは人の為ならず」
この言葉の意味は、そもそもは、誰かに良い行いをすれば、巡り巡って、必ず自分に返ってくる。という意味です。
これは『 善 』なのでしょうか?『 偽善 』なのでしょうか?

このことについての答えは賛否両論だと思います。
と、いうことは『 善 』も『 偽善 』も同じ意味なのではないでしょうか?

『 善 』と『 偽善 』は、表裏一体で境目がない。
そんな言葉なのだと、私は思います。


謙遜するときに使う『 偽善 』という言葉こそが、本当の『 善 』なのではないでしょうか?

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死ぬのは恐い?



死ぬのが恐いと言う人が沢山居ると重いますが、どうなんでしょうね。
以前書いた
恐怖について
恐怖と未知と死


ここら辺の話を少しだけ絡めて話していきますね。

取りあえず、死が恐いのは、死=未知で、未知=恐怖だからです。

また、死が恐いと感じる時は、生に強く執着している状況の時です。
生きようと心の奥底から感じている時です。

現代の日本では、死という物を常に間近に感じて生きている人は少ないです。
だからこそ、たまたま、死という物を感じたとき、物凄く恐怖します。

では、死の反対の生きること”生”ってどうなんでしょう?
生について考えると僕は恐いです。

生きるということを考えるとき、必ず死についても考えます。
生きることと死ぬことはセットです。
生は、常に間近にあるので、生について、人は麻痺しています。
なので、生きることと、死ぬことを分離して考えるのが一般的になってしまっています。
生と死をセットで考えなくては、死については考えることができません。

では、生きるということはどういうことなのでしょう?
生きるということだけを考えることが出来るでしょうか?
難しいと思います。
死と生は、二つあってこそ意味をなすものだからです。
生だけの物、死だけの物はありません。

生=死です。
生=死と言っても同じ意味ではなく、生あっての死。死あっての生という意味です。

僕からすれば、死が恐いということは、生きることが恐いということです。
死は絶対訪れる。結局は未知が恐いんです。

生きるということも、同じようなものです。
何故、自分は今生きているのか?何の為に生きているのか?結局は未知が恐いんですよ。
ただ、生きることについては、無理矢理、理由を付けることができます。
恋愛するため、夢を叶えるため、etcetc...

じゃぁ、死ぬことに理由もつければ恐くないのでは?
自分が納得できるような死の理由を・・・。
 


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言葉の種類

言葉と言うのは、日本語、英語、フランス語、漢語、さまざま種類がある。

それは、何のためか考えたことがあるだろうか?

ある人は、バベルの塔が原因だと言うが、はたしてどうだろう?

言語が異なると、喧嘩もままならない。

日本語しか分からない人と、英語しか分かない人が罵りあったとしよう。

それは、まともにお互いが理解して喧嘩できるだろうか?

お互い何を言ってるか分からない状態で喧嘩をしようにも、出来るはずがない。

お互い不完全な形で、喧嘩を終えることになる。

お互いが、まともに喧嘩を出来ないということは、大きな喧嘩が起きにくいということなる。

要するに、戦争が起きにくいということになる。

内紛が起きるやすいのは、お互いの言葉が分かるが故に、大きな喧嘩になりやすいからだ。

お互いが言葉を分からなければ、単純な叫び合いで済み、話が最初からこじれてしまい。

喧嘩らしい喧嘩も出来ずに終わるのが普通。

滅多に大きい喧嘩をすることもままならない。

だから、お互いに、まともな言葉を喋れなければ、戦争は起きにくい。

ただ、最近は、グローバルなどと言い。

その均衡は崩れつつあります。

言葉の壁は、必要な物でもあるが、不必要な物でもある。

誰しもが、言葉がどれだけ重要か理解していれば、失敗は少ないのになぁ。

やっぱり、この世は難しい。

難しいものほど楽しいのだけどね。



あー、後、僕のブログを読んで、そのまま引用してる奴、恥ずかしくないのか?

自分の言葉で、物事語れなきゃ、その目は節穴ってことだよ。


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僕の腹黒日記

一時期、僕は、この世の全てが嫌いでした。

この世は憎悪でしか出来てないと感じて居ました。

出来ることなならば、この世を全て壊してしまいたいと思いました。

それからしばらくの間、悩み、苦しみ続けました。

ある時、僕を見下ろしている奴が、この世は愛が溢れかえれば美しいと教えてきました。

それを知り、この世の全てを愛と呼ばれるもので埋め尽くせば良いと思いました。

どうすれば、愛で溢れた世界に出来るのかと、悩み、苦しました。

その矢先に、僕を見下ろしてる奴が、この世は愛と、憎悪、両方で出来て居るのだと教えてくれました。

その二つは、まったく同じものなのだと・・・。

全てを理解することは出来ないかもしれないけど、

それすらも知らずに、愛や幸福、不幸だの正義だの戦争だの語ってはいけないのだと教えられました。

今、僕は、それを破って居ます。

愛とか、幸福とか、不幸とか、正義とか、人間の死とか、そういうものを語ろうとしています。

人間は何であるとか、人間はどうしてとか、言葉では表現できないようなことを紡ぎ出そうとしています。

ハッキリ言って、この世のことを知りません。

僕は、何一つ知りません。

だけど、今は、何かに導かれて生きるっていうことに飽きてしまいました。

それじゃぁ自分が生きてるというとは言えないから。

僕は、この世の全ての物を愛する事が出来ません。

僕は、この世の全ての物を愛しています。

もし、この世を愛に溢れさせることが出来るとしたら、

この世はみんな心を失ってしまうから戦争は終わってはいけない。

今、僕自身はおかしなことを言っているのは分かっています。

でも、春が過ぎ去ったから、それくらいは許されるでしょう。



p.s.
少し前まで僕は、泣くことは愚か、笑うことすら出来ませんでした。
でも、今は泣くことも、笑うことも出来ます。
このブログを読んでる人は、

諦めんな。

自殺を止めようとか、生きる元気を与えたいとか、そういう訳じゃない。

これは、僕の趣味で言うことだ。

僕は、今、生きようとしてる人を見るのが趣味だ。

だから、諦めんな。

誰かが悲しむとか、苦しむとか、んなことはどうでも良い。

僕は、どこかの誰かって言う、あなた自身に直接の関わりはない。

でも、もしかしたらがあるじゃん。

この世に絶対はないから、諦めるな。

これが、今の僕の宗教かもね。

神様とか存在するなら、そいつぶん殴ってボコボコにするけど・・・。


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